首都圏(千葉県)での葬儀は驚きでした

 首都圏では当たり前のことだと後で知ったが、事情のあって葬儀の習慣があまりに私の地域と違うので戸惑ったり驚いたりした。

 

亡くなったという連絡が届いたのは葬儀の5日前であった。翌日通夜があると一瞬思ったが、喪主から葬儀は5日後に行われると聞いて驚いた。私の地域では午前中に無くなればその日の夜は通夜を行い、午後に亡くなれば翌日が通夜でその翌日が葬儀となるのがしきたりである。

 

すると、受話器の向こうの喪主が信じられないことを伝えた。葬儀は5日後だというのである。それまでは弱い冷凍保存して遺体が傷まないように葬儀場が保管するというのである。私は目を丸くして衝撃を受けた。

 

今悲しいと思っていても5日後になると心は落ち着いてしまっているかもしれない。私はカルチャーショックをうけたかのように驚いてしまった。
 首都圏では人口が集中している割には火葬場の建設が追い付かないという事情があることを知った。市が火葬場を建設しようとすると建設予定地の地元が猛反対をするために増やせないということであった。そのために4〜5日待ちは当たり前で、1週間待たされた人もいることを聞いた。

 

事情を聞けば納得する部分はあるが、こんなに不自由な葬儀事情は首都圏だけの問題であろう。私は人生70年間で聞いたことがない事実であり体験であった。

 

 軽く冷凍保存された遺体が通夜の席に運び込まれ、しめやかに通夜の法要が営まれた。通夜を取り仕切るお坊さんは浄土真宗のお坊さんであった。葬儀社の方が進行を担当されたが、最初に参列者全員にお経の本を渡された。これも初めての経験だった。

 

一番驚いたのは、私も同じ浄土真宗であるが、お経の本の最後に仏教の歌が載っておりキリスト教の讃美歌のように一斉に歌うように指示された。葬儀で仏教の歌を斉唱したのは初めてであった。お坊さんが大きい声で歌っておられたが、まるで讃美歌のようである。

 

 焼香が終わると一般の参列者は葬儀社の方の案内でどこかへ消えてしまった。

 

別室で食事を出され、会食されていたそうである。私の地域では参列のお礼にささやかな品物をいただいて退室するのが習わしである。その会食が終わったごろに遺族が呼びに来られ、次に遺族の会食会が始まった。

 

精進料理ではなく、魚も肉類も出された普通のパーティー料理であった。この習慣の違いは戸惑ったが、なごやかに親族同士が話し合う機会が持てた。これは悪い週刊ではなく、私の地域では親族の多くが帰ったあとに特に親しい親族と身内だけが残って会食をするのが多い。

 

このような通夜での会食行事があるのは初めての経験だったので戸惑ったり面白がったりしたものである。

 

 その翌日は葬儀であった。同じような順序で無事に葬儀が終わり、マイクロバスで親族は火葬場に行った。

 

大きな立派な火葬場であった。何組もの親族が行き交うにぎやかな火葬場に着くと、お坊さんは最後のお祈りをして帰られた。親族は亡くなられた方に最後のお別れを済ませると個室の昼食会場に案内された。ここでも精進料理ではなく、さしみも出され、魚や肉類も出されていた。これには大した抵抗は感じなかった。

 

2時間たつと遺骨を受け取りに行くように放送があり、全員が出向いた。既に整理された遺骨が整然と並べられ、骨壺に入れるだけの状態で出された。

 

合理的でよかった半面、私の地域では全体の骨がそのまま出されるので必要な個所の骨を拾って骨壺に入れるように係員に指示されるので戸惑いがあった。ある面、忙しいルーチンワークを淡々とこなされていると感心した。