相模原市で同居していた祖母の葬式を行いました

母方の祖母の葬式を、数年前に行いました。

 

それまで、祖母はとても元気で、まだまだ生きているだろうと家族や周りの知人らも思っていました。しかし、ある2月の寒い日、祖母は1番の仲良しと電話でお喋りをしながら、笑いながら突然亡くなりました。救急車を呼び大学病院に搬送されるも、蘇生できない、ということで霊安室に。そこから葬式までは、とんでもなく慌てだしかったです。

 

まず、自宅で亡くなってので、警察官が数人我が家に訪れ、全ての部屋の現場検証、間取り図も書かれていきました。もちろん、これはどなたの部屋ですか、と一応確認はあるものの、ある日突然の出来事だったので私の部屋は洋服やカバンなどが散乱し、他人様に見せられるようなものではありませんでした。

 

また、検死を行うが、法医学の先生がとても少ないようで、うまく行けば翌日相模原市内で、駄目だと数日後に八景島の方まで行かないと検死が行えない、と伝えられました。更に、検死が終わらないと祖母は自宅に戻って来れない、ということで家族としても何とか相模原で翌日にできない物か、と悩んでいたところ、法医学の先生とタイミングが合い、翌日には祖母の検死が無事に終わり、祖母も自宅に戻ってくることが出来ました。

 

そこから数日は、どこで葬儀を行うか、どのようなスタイルの葬儀にするか話し合いはしましたが、案外スムーズに決まり200人程度が参加出来るスタイルで行うことにしました。

 

お通夜当日は、祖母の好きな歌手、美空ひばりさんのアルバムを流しました。その日はとても寒く、またお通夜が進むにつれて大雪が降り、アルバムから流れる曲はまるでどこかの居酒屋のような雰囲気を醸し出してました。それでも、その時は祖母が亡くなったことが寂しくもあり、何だか妙な雰囲気だな、と感じておりました。

 

そして翌日。前日とは打って変わって快晴の気持ち良い日に恵まれました。あぁ、おばあちゃんも気持ちよく空に上っていけるな、と心から思い告別式が始まりました。やはりあと少しで本当の別れがきてしまうと思うと寂しくて悲しくて仕方ありませんでした。葬儀場での献花を皆でしている際に、私があまりにも泣いていたので父親に「そんなに泣くなよ」と言われ涙がすっと引きました。その時です。頭上からバックミュージックが聞こえてきました。「真っ赤に燃えた、太陽だから」と。これから焼かれる祖母へのミュージック。それは、前日同様、美空ひばりさんが大好きだった祖母へCDを流して貰うようにお願いしていたのです。もちろん、この歌が聞こえたとき、正気に戻り、笑ってしまいました。

 

もともとひょうきんな祖母は、ぽっくり死にたい、笑いながら死にたいと言い続け、まさにその通りも命を終わらせました。そんな祖母から、最後のお別れに美空ひばりさんの「真っ赤な太陽」を流してくれたのかもしれませんね。
今でも忘れられない葬儀となりました。