父に心配をかけた、2人の子ども達でした。

父を亡くしたさみしさがあるなか葬儀を、淡々と行わないといけない事となります。

 

母はまだ生きていましたが、数年前から認知症になっていました。
その母の介護をしていた父の方が、先に逝ってしまったのです。

 

母は葬儀の席で、父の大きく写っている写真を見て「おとうさん、しんだの?」といったのです。
あまり口数も少なく、表情もなくなっている母が、そのように言ったのです。
驚きました。
仲のよい夫婦だったのです。
いつも一緒の2人だったのです。

 

葬儀の費用は、亡くなった父が持っていたお金でまかないました。
120万円程の費用でした。
喪主は兄がつとめましたが、葬儀の席で、私たち兄弟2人はお席に座っている人の方向に向かい父への思いの手紙を読みました。

 

1番大切な親への死、私は体と心がじゅうぶんでないため、父への介護の判断が悪く、父の寿命を短くしてしまったような後悔をしました。

 

父の戒名も6文字と費用の面から考えて少なくしたのです。
父が仏様を守っていたころよりも、戒名の字を減らしてしまったのです。

 

どうしてその葬儀社に決めたのは、私の大切な彼を亡くしたときに行った葬儀社だったからです。
以前、感じよく対応してくれていましたし、別の葬儀社を探す覇気もなかったからです。

 

葬儀にきて頂く人は、父の兄弟と私たち子ども、そして父が可愛がっていたひい孫たちです。
兄の別れた奥さんまで来てくれていましたが、心の中で(生きていた頃に1度だけでも顔をだしてくれたら)と浴をだした私は思いました。
私はただ「来てくれたの?」とその兄の元奥さんに言いました。

 

父は、兄の元奥さんと孫達を可愛がっていましたのに、別れてから勿論、音沙汰なくなっていたのです。

 

お葬式はたんたんと行われましたが、その日よりその後の方が父への思いと、もっと上手に介護をしてあげてたらと後悔なのです。