葬儀とお金の価値は同等なのかと感じました。

義母の葬儀について、何も考えずにお金を出す事はこういう事なのか?
が正直な感想です。

 

病院でなくなり、自宅に戻るのは葬儀屋と一緒。
何のためらいもなく、「では葬儀について」と説明され
あれよあれよと地元で有名な大きな葬儀屋に。
他葬儀屋との比較をする余裕も与えずに一社で決定しました。

 

そもそも義父は見栄っぱりなので「恥ずかしいものはしたくない」と
義母が生前働いていた(公務員)の関係者に連絡し
総勢300名程の大きな式でした。
にも関わらず、「パーティーではないのだから」とお通夜での参列者への食事は断り身内だけの食事会でした。

 

それは良かったのですが、子どもたちにとっては、母と最後過ごしたい時間を知らない人たちの相手に奔走され、また葬儀後費用300万円が引き出せないからと、実印もってきて、なんて母の口座からお金をおろすのに東奔西走していました。

 

思考力や判断力が鈍るあの病院から帰宅後の約2時間で決めさせる葬儀屋も仕事でしょうが、写真に数万円、花に30万円って高すぎです。
お棺や霊柩車、祭壇それぞれにグレードがあり、オプションで数百万です。
人件費、花材費用を考えても、そこまで高くはならないと思います。
(私が画像処理の仕事をしているので、10分で出来る遺影の処理を数万円はありえないです。せいぜい1時間作業3,000円ってとこでしょう)

 

子どもたちの意見は、「そんなに豪華にする事よりも母は家族と居たいし、私達もそうしたい」
という意思を伝えても、「公務員の母が恥ずかしくない様に」との一言で却下。
どうやら、豪華にしないと恥ずかしいと思ってるのは義父だけの様でした。

 

家族で寄り添う事もできず、中身の無い葬儀にたった一日で数百万使うあの団塊の世代を狙ったビジネスにうんざりしました。
私の住んでる最寄り駅に最近葬儀屋が立て続けに4件できたのもうなずけますね?